「ベルセルク」 8巻の最高のシークエンスを分析 | 偽脚本書きが漫画に挑戦

「ベルセルク」 8巻の最高のシークエンスを分析

ベルセルク  1~28巻 以後続刊 作者 三浦健太郎


ストーリー: かつて属していた元団長のグリフィスに復讐をするために生きる主人公ガッツの壮大なファンタジー。


 私が高校生の頃、深夜にやっていたアニメ。鷹の団という傭兵集団が、どんどん武功を挙げて出世していく話だと勘違いしていた。その期待は見事に裏切られ鷹の団は、崩壊にむかっていく。


 構図:団長グリフィスは天才であるがゆえの孤独を感じていたという設定。唯一心を許せる友ガッツの脱退によって歯車が狂ってしまい罪を犯してしまう。(ここらへんは漫画で読んでください。)ガッツが鷹の団を脱退した理由は、グリフィスの下でずっといること自分に歯がゆさを感じたため。友情が嫉妬に変わり復讐へと転じる話だと私は解釈しています。


忘れられない思い出:8巻で、ガッツは死に物狂いで戦い名誉を手にしたにもかかわらず鷹の団を出て行くことを決意する。その理由はガッツの台詞によると「オレは自分で手にする何かであいつ(グリフィス)に並びたい。オレはあいつにだけはなめられるわけにはいかないんだ」

 この言葉を聞いたコルカスという脇役が激怒する。「馬鹿いってんじゃねーそれこそガキのたわごとだぜ!わかんだろ!あいつ(グリフィス)は特別なんだよ!人を斬ることしか脳のねえ鷹の団の切り込み隊長(ガッツ)なんて分不相応な身分についてられるのもすべてグリフィスあったればこそだろうが!!」


 ガッツ:地位や階級なんてものいには興味ねえ。おれが欲しいのはもっと別の自分で勝ち取る何かだ。


激怒 コルカス:自分で勝ち取る何か!?そんなもんが簡単にみつかりゃ苦労しねえよ!もし運良く見つかったとしてもそこで勝者になれるのはほんの一握りの人間だけだ。大抵の人間は自分の力量や器と自分のおかれた現実に折り合いつけて何とかやっていくもんなんだ!夢さえあればいいなんて言ってるヤユはよくいるけどな!!俺はそういう野郎をみるとムシズが走るぜ。


 夢さえあればか。そんなもんは現実に目を向けられないよわい人間の逃げ口上だよ!


激怒したコルカスはガッツと話していた酒場から出て行く。コルカスを昔からよく知っていた脇役のジュドーがなぜコルカスがこんなに怒ったかを説明する。


コルカスは昔自分で盗賊の頭領をやっていたがグリフィスに敗れてそれをやめたという話。


コルカスは自分で手にする何かを持っていたのかもなと言っている。ジュドー本人は、自分は何をやってもうまくできたけれども一番にはなれなかった。だから一番になれそうなグリフィスについていこうと言っている。


ジュドー: 最初から何も欲しがらない奴なんていないのさ


良いシークエンスだ。 ここは最高の場面だ。 8巻


この場面だけでもベルセルクを読む価値がある。おそらく作者はこの場面を書くことで一つの物語の沸点を達成したのではないか。これまで一緒に戦っていた仲間が、ガッツの脱退により起きた一場面によって強烈な人間味を持たせることに成功している。


 よく考えてみると人間はほんとうに夢というジレンマに苦しんでいると思う。一生懸命やったとしてもうまくいくとは限らない。けれどそれを諦めてしまうと、夢をかなえた人間を見ると自分に強烈な劣等感を感じてしまう。それでコルカスが言うように現実を見てなんとか生きていくしかなくなる。自分の夢をすり変えているのはジュドーなのだと思う。コルカスとジュドーとガッツと夢をかなえたグリフィス。


 作品の登場キャラが一つ一つの人間の現状をとてもよく象徴している。これはとても作品を書く上で参考になると思う。


 象徴的な存在をどれだけうまく描けるかによってその作品の価値は決まるのではないか。ときどき同じような境遇の人間を描いてしまい失敗することがある。


 それは、登場人物が、人間の立場をあらわすシンボルであるということを忘れてしまっているからではないか。 


 このベルセルクでは、ガッツという夢を持つことができない象徴と夢を諦めた人間の象徴であるコルカスとジュドーまた夢を叶えたにもかかわらず幸福に満たされることのないグリフィスという象徴がとてもうまく描けている。 


 このシークエンスこそ最高の場面なのだ。でも勘違いしてもらっては困るのが、このシークエンスのためにこれまで人物を描きあげてきた努力と伏線の数々がここで一つにつながる点にある。


 このシークエンスは見せ場である。しかしこれまで積み上げてきた物語をおろそかにしてしまう作品がよくある。 見せ場だけを見せられても何の感動もないだろう。げんにこの上に書かれている文章に感動することなんて不可能なのだ。 


 よく考えるべきは、象徴となる人物を書き分ける力と見せ場のためにどれだけ伏線をはれるかどうかなのだと思う。